彼はカラオケボックスに入るなり、おもむろに話をしだした。いや、店に入る前もしこたま話していたが。
 テツヤの事、誠凛の事、バスケの事、学校の事……。
 そのどれもが普通の高校生と何ら変わりがない他愛の無い話ばかりで、余計にこの男のしたい事が分からなくなった。
 
「……おい、降旗」
「へっ、何?」

 マシンガンのように楽しくトークをしていた降旗はやっと僕の目を見た。
 狂ったラジオのように話していたのに、彼はこっちを一度も見ていなくて、……だから僕は彼の手が小刻みに震えてるのに気付いたのだ。

「君は僕の何だ?」

 単刀直入。
 彼は動揺の顔も見せずに、こめかみに手をやって唸るように考え込んだ。そして一言。

「ストーカー?かな ってちょっとやめて!!携帯に手かけないでっ、冗談だから!」
「いや、強ち間違いじゃないのかもしれないと思って……。何と言うか、こっちは君の事を全く知らないと言うのに相手には知られているというのは、いささか気分の悪いんだ」
「知らないなら知っていけばいいんじゃない?」
「いや、君にそこまで興味を抱いてる訳ではない。ただ一方的に知られてるのが嫌だと言っているんだ」
「ほうほう、だからお互いに知り合いたいと?」
「もう、勝手に解釈してくれ……」
 
 もうやだ、コイツ。何かに脅えているのかと思えば、またバカみたいな冗談を言ってくるし、本心が迷子になってるようにしか思えない。

「んー、あー、そう言えば、俺、自己紹介すらしてなかったっけな? 俺は降旗光樹っていうんだー」
「それくらいは知っている……」
「ああ、そういえば、さっきも名前で呼んでくれてたっけ? えーっと、誕生日は11月8日、好きなタイプはクッキー作れる子、あと好きな音楽はモモクr」
「どうでもいい! ものすごくどうでもいい! だから、僕が聞きたいのは、何故君が僕の事を知っているのかという事であって、君自身には微塵の興味も感じていないっ!」

 僕がそう言い切ると、流石の彼も困ったように眉を潜めた。

「困ったな―……」
「こっちの台詞だ馬鹿」
「俺にとって想定外だったんだ」
「何が?」
「俺は、君が俺の事覚えてるだろうと思って、一か八か君がホテルから出てくるのを待っていたんだ」
「はあ……」

 覚えてるも何も、僕はこんな男知らない。こんな平凡を代名詞として使っていいほどに、何処にも秀でた所がない、つまらない人間なんて。

「……でも君は覚えていなかった。だから、頭真っ白になって、でもここで離れたら俺と君はまた話す機会なんてもうないでしょ?だから、無理矢理連れだしたんだ。ごめんね、制服でホテルを出たって事は、お父さんの所にでも顔出しに行こうとしてたんでしょ?」
「……ああ、そうだけれど……、別に大してその事は重要じゃなかったから大丈夫だ」

 本当は行きたくなかったから、こいつが連れだしてくれた時は安堵する自分が居た。それなのに謝られているというのは何だか後ろめたさを感じるが、その事については黙っておこう。

「帰ろうか、赤司君」
「え」
「もうご飯も食べ終わったし、今からだったら未だお父さんの所にも行ける時間だし、あ、お金は俺が持つよ」
「あ、ああ。ありがとう」

 結局、僕は食事をして降旗のくだらない話を聞いたというだけで、この店を後にした。掴まれていた手を急に放されたような気がして、僕は急に我に返らされたように冷めていた。
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