「……お、想い出した……」

降旗はぼそっと呟いた。
胸の中に居る赤司がピクっと動く。

「と、とりあえず、そこ退いてよ、赤司君」

赤司はさき程からずっと、降旗の腹の上に乗っかってあまつさえ降旗の胸の中に頭をコツンとつけた状態のままだ。
降旗がお願いしたものの、赤司は一向に動く気配を見せない。
自分の記憶の中の赤司は、優しくて、少しオドオドしていて、可愛い子だったはずなんだけど……と、降旗はため息を吐きそうになる。

「ねー……、重いって、赤司君お願いだから」
「……苗字で呼ぶな」
「え?」
「……だから、苗字で呼ばないで……」
「あ、え、えっと、征十郎さん……?」

赤司は無言で降旗の腹に体重をかける。故意にやっているのが直ぐに分かるくらいの痛みが降旗の身体を襲った。

「痛い痛い痛い痛い痛いってば、征!」

降旗の悲痛な叫びを聞いて、赤司がゆっくりと彼の上から退いて、ベットの下に体育座りをする。
どうやら、昔みたいに呼んでくれなかったのが悲しかったらしい。

――あ。そういう細かい事気にする所は、昔と変わってないのかもしれない。

「征……怒ってる?」
「何が」
「何がって……、色々と。俺に対して」
「怒ってない」

――そんな棘のある声で話す奴が起こってない訳ないだろ……。これめっさ怒ってる。

「……別にみつきは悪くないんだから、僕が怒る理由なんてない」
「いや、全面的に俺が悪いと思うけど……。征の事本気で忘れちゃってたんだから」
「……みつきは自分が何で僕の事忘れたか、分かってるの?」
「え? そ、そういえば何でだっけな……」

記憶の中の自分と赤司はとても仲良くて、お互いに欠けてはいけない存在のように見えた。
そんな赤司を忘れるなんて、おかしな話だと思った。

「自分でも分かってないの? 相変わらずみつきは馬鹿だね」
「煩いな……。征には分かってるっていうのかよ?」

――昔の征に馬鹿とか言われるのは、それさえも愛くるしく感じてたから苦じゃなかった……と思うけど、今の征に言われるのはなんか……本気でイラッとしてしまう。

多分それは、赤司が天才である事を知ってしまったが為だからだろう……と降旗は自分自身に納得させた。
赤司を近くに感じていた頃とは違い、今は赤司程自分に遠い存在は居ないのだと降旗は思っている。

「みつき……、引っ越してから直ぐに事故に合ったんだって、君の母から聞いた」
「え? あ、あー……、確かに合ったような……」

赤司が言うには、それで記憶が全部無くなった訳ではないみたいだが、それまでの記憶が薄れ、事故の後接点が無い人や物は忘れてしまったらしい。

「……何故、僕に黙って引っ越したんだ」
「……」
「言わないと怒る」

――もう怒ってんじゃん。
そんな事言ったら、口きいてもらえなくなりそうな気がして、降旗は考え込む。

「正直に言ったら怒らないの?」
「……答えによっては」
「それ絶対怒るって言われてるのと一緒じゃん」
「いいから早く言え」

言わないという選択肢が完全に消されてしまった為、降旗はため息を吐きながらも意を決した。
良くて笑われて、悪くて怒られる。
きっと後者の方だと思うが、あまり嫌な気分にさせたくないという気持ちが強かった。

「征が悲しむ顔が見たくなかったから、黙って消えたんだ」

その言葉を聞くと、赤司は動きを制止した。きっと、目を見開いて驚いているのだろう。
こんなくだらない理由で、何も告げずに遠くに行ったのだと思われたくなくて、本当は言いたくなかった。

「みつきは……、僕が一人で学校に向かって、君が居ない教室で一人泣くのを想定していて、その判断をしたのか?」

特に責める様子も無く、赤司は淡々と降旗に問いかけた。

「うん……。征は絶対悲しむだろうなって分かってた上で、俺は何も言わなかった。ただ自分が傷つきたくないが為に。俺の事どれだけ殴ったって蹴ったっていいよ。だって俺は……、それほどの事をしてしまったんだもん」

残される者は置いていく者よりも辛いなんて事分かっていたはずなのに、あの時の降旗には勇気が無かったのだ。

「別に殴らないし、蹴りもしない。そんな事しても僕の心は癒えない」
「それじゃあ、何すればいいの?」
「……自分で考えろ」

降旗は必死に考えたが、赤司が喜ぶような事は思い浮かばなかった。
幼かった頃の赤司は、何に対しても喜んでくれていたが、今の赤司はそういう訳には行かない。
『僕に逆らう奴は親でも殺す』なんて、あれほど母親の事を大事に思っていた癖に、言う奴になってしまったのだから。

「そういえば、征は俺が完璧に忘れてたみたいに思ったのかもしれないけど、俺、本当に全部忘れてた訳じゃないから」
「……どういう事だ?」

――言い訳にしか聴こえないかもしれないけど。

降旗はベットから降りて、机の引き出しを探った。
小さなキーホルダーを手に掴むと、そのまま赤司の前に屈んだ。

「これ」

降旗が小さいサンダルのついたキーホルダーを見せると、赤司は目を見開いて顔を上げた。

「な、なんでこれ……」
「征のと一緒に買ったんだ。俺のが右だから、征のと対になるハズ」
「え……」

赤司はポケットの中に手を突っ込み、自分の携帯を取り出した。
そこには降旗のと同じ、キーホルダーが付いている。
まさか、ずっと付けていてくれたとは思わなかったので、降旗も流石に驚いてしまった。それと同時に、小さな嬉しさが湧きあがってくる。

「……本当だ」

二つを近くに置くと、右左と綺麗に並んだ。

「これを見る度に、ぼやけていて良く分からないけど、小さな男の子が俺の頭の中によぎるんだ。その子ね、俺の事必死に探しながら泣いてるの。ずっと俺はその子が誰だったのかは分からなかったけど……、征……だったんだね」
「ごめんね、一人にして……」

「ただいま、征」

降旗が頬笑みかけると赤司の視界が歪み、やがて水滴が頬を伝った。
その泣き顔はいつか見た彼と重なって、降旗は安心する。

――前言撤回。全く変わってなんかいない。征はいつになっても征のままだ。

「みつきの馬鹿……っ!」

赤司が降旗の胸の中に飛び込む。
降旗はしゃくりあげる彼の背中を優しく撫でて、落ちつくまでそうしていた。

                  ★

やがて赤司の涙がやっと収まり、降旗の腕の中から赤司は離れていった。
降旗は少しの寂しさを感じつつも、そっぽを向く赤司に笑いかけた。
赤司は相変わらずむすっとしたまま、口を開く。

「ねぇ……、キスしてくれないの?」
「……は?」

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
――な、な、な、何を言い出すんだこの子は……!
みるみる内に頬が赤く染まっていく、そんな降旗をちらっと見てつられて赤司の頬も蒸気してきた。

「……みつき、約束破ったじゃん。僕と一緒に学校行くっていうのとか……、他にも色々」
「あー……、あー……、あー……」

――そうだ……。初めて赤司にあった日、ほとんど冗談で『嘘ついたらちゅーするぞー!』とか言ってたんだっけ……。
あの時の自分を殴りたくなった。
そんな小さな事まで赤司が覚えてるのが、何とも言えないが、あの頃キスした所で問題などほとんど無いが、今それを実行するのには色々と問題が発生する。

「あの、赤司君本気で言ってる?」
「僕が本気じゃない事なんて一度も無いけど」

ですよねーと、心の中で呟いた。
赤司も降旗も、お互いにお互いの事を思ってはいるが、そういう関係じゃない事は二人とも分かってるはずだ。二人はただの幼馴染である。

「……あ、あのさ、確かに約束破ったのは悪いと思ってるけど、キスはちょっと……。ていうか、征は俺にキスされて気持ち悪いとか思わないの?」
「みつきは、僕にキスされて気持ち悪いと思ったのか?」

むっとした声で言われたので、「いやそれは違うけど」と思わず否定してしまった。
その時はまだ、自分達の過去を思い出していなかったからというのもあるかもしれないが、びっくりしただけで嫌な気分にはならなかった。
――赤司はそこら辺の女の子より可愛いし、色も白い。
だからといって、幼馴染にそういう事をするのはおかしいと思っている。

「……今、俺ら高校生なんだよ? 高校生男子がキスするとかおかしいだろ」
「みつきの事をそこら辺の高校生男子と一緒のように思った事は一度も無いけど」
「えっ……と……、それはどういう……」

何気に凄い事を言われたような気がして、降旗は思わず聞き返してしまった。
赤司はこっちを一度も見ない。でも、赤司は耳まで赤くなっているのが分かった。

「だから……、みつきは他の男とは違うから……、キスされても良い……って事だ……」

――なん、で、もう……。そんな可愛い事言われたら、世間一般の考えとか、もうどうでもよくなってしまうじゃんか。
超えてはいけない一線だと思っていたけど、降旗の心はもうパンク寸前だった。

「征、こっち見て」

赤司の顔がゆっくりとこちらを向く。顔が赤い為、さらに幼く見えた。

彼の頬に手を伸ばし、段々顔を近づけていく。その度に高鳴る鼓動が太鼓のように音を鳴らす。
10cm……。
赤司がきゅっと目を瞑る。

ちゅっ

直前で降旗は動きを止め、赤司のおでこに唇を触れた。

赤司の目が開いて、じーっと降旗を見つめる。

「な、何……?」
「何でおでこにした?」
「だ、だって……、えーっと」

――征が可愛すぎて、唇に触れるのに躊躇したなんて言えないよ……。

「これだから童●は……」
「ちょっ……何で知ってる……、えっ、じゃ、征はもう経験済――「それ以上言ったら殺すよ」

「征ちゃーん、帰るわよ―」

一階から彼の母親の声がして、赤司は立ち上がる。
やっと思い出す事が出来たと思ったら、また別れなくてはならない。寂寥は強くなるばかりだが、仕方ないかと降旗は微笑した。

「じゃ……、僕は帰るよ」

そう言う赤司の顔が寂しげで、寂しく感じてるのは自分だけじゃないのだと、安心する。
赤司は踵を返してドアに向かった。

――このまま、また数カ月会えないなんて……、そんなの耐えられない。

降旗は半ば反射的に赤司の腕を引き留めて、振り返った赤司の唇に自分の唇を重ねた。
不意を突かれた赤司は、目を丸くしており、次第に身体全体に熱を持った。

「……っ……はぁっ……みつっ……き……?」

唇を離し赤司の方を見つめると、案の定彼は今まで以上に顔を赤くして硬直していた。
誰かからキスされるのが初めてだったなんて、プライドが高い赤司は言えるはずも無かった。
降旗は赤司の瞳にピントを合わせ、呟いた。

「……実はもう居るのかもしれないけど、向こうで恋人作らないって約束してくれる?」

初めて見せた降旗の束縛に、赤司はどうしていいのか分からず返答に困っていた。

「無理だったらいいけど……」
「……無理じゃない。そんなの余裕だ。もちろん、僕が約束するなら、君も約束してくれるんだよね?」
「もちろん、指切りする?」
「ははっ、懐かしいな」

高校生二人が何をしているんだかと笑いながらも、二人で指切りをした。

「嘘吐いたら……やっぱりキスするぞ……?」
「そ、それは、もうさっきしただろう……。そんな罰じゃ……、効果を持たない」
「え、じゃ、キス以上……?」

自分で口に出したものの、降旗は自分の発言の大きさに気付き「あ、ちがっ……えと……」と慌てる。
そんな降旗を見て赤司は笑い、ドアを開けながら挑発するように言った。

「じゃあ、嘘吐いたら、キス以上してもらうから」

了。




※補完※
・赤司の母親は降旗の母親の同級生で親しい友人だった。
・赤司は降旗が知る前から、母親に聞いていたので、降旗が引っ越すことは知っていた。そのうえで降旗に笑顔を向けて、「君が居なくてもちゃんと学校行って友達だって作るから心配しないで」という意味で学校に行くと言っていただけ。
⇒高校生になって赤司が責めるように降旗に言ってたのは、半分からかってただけ。
・WCの時、降旗に冷たく当たってたのは、八つ当たり。
・この後無事にメアド交換しましたからうふふ。

補完も含め、ここで終わりです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
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