外に出ると月が雲に隠されていて、でも騒がしいクリスマスの街は例年通り明るかった。

「送って行くよ」
「いや、僕は女じゃないのだから、そういう気遣いはしなくていい」
「えー……、でも赤司君は女の子みたいに可愛いしさー……」
「男相手に可愛いなんて冗談でも使うな……」
「別に褒めてるんだからいいじゃんー? なんというかさ、紳士代表としては?こんな夜道に赤司君見たいに可愛い子歩かせる訳にはいかないみたいな?」
「仮に、仮にも、君みたいなストーカーまがいが僕に近づいてきたとしても、僕は護身術を身につけているから大丈夫だ。少なくとも君よりかは丈夫に鍛えられている」
「ちぇー、そう言われちゃったら赤司君と居る理由もう作れないじゃん。しょうがないから諦めて帰りますよー……。って、あ、そうだ、忘れてた」
「?」
「はい、これ」

 彼は綺麗な紙で包装された箱を僕に投げ渡した。反射的に拾ったものの、何を考えているか分からない男が寄こしたものだ。用心するに越した事は無い。

「何かすんげえ酷い事思われている気がするけど……、まあいいや。黒子が3日前にさ、『そういえば赤司君の誕生日です』って思い出したかのように言ってたからさ。手ぶらで会いに行くのもどうかと思ってた所だったし。大したものじゃないから、気に入らなかったら捨てていいから」

 困ったようにはにかんで、彼は足早に明るい街の中に溶けていった。

 人に物を貰うという事が久しぶり過ぎてどう言っていいのか分からなかったが……、普通に考えれば受け取るべきではなかった。そもそも、こっちは面識の無いというのに誕生日だったからといってホイホイと物を貰っては、相手に何を返せば良いのかを考えなくてはならない。

 別に彼の言う通り捨てる事は無いが……、一応中身を確認だけしといて、またWCが終わった控室にでも置いておけば彼も察するだろう。

 開けた事が分からないように丁寧に包装を解いて箱を開くと、そこにはネックレスが入っていた。いかにも女物の、花の形をかたどった……、ヒマワリか……、季節感が無いのかあの男には。

「……あ」

 ――征十郎、冬に咲くヒマワリは凄いわね。……私もこんな風になりたかったわ。

 いつかの大切な人の言葉がフラッシュバックのように頭の中で囁く。
 忘れかけていた思い出が僕の頭を走馬灯のように駆けて、懐かしい気持ちで心が温かさを帯びるように感じた。

 ……ああ、そうか、そういう事か……。

 彼の言ってる事がジグゾーパズルのように綺麗に繋がった。
 やっぱりアイツは馬鹿だ。名前も声も顔もほとんど知らないけれど、忘れてはいない、ちゃんと覚えてる、僕は僕じゃないけれどそれでも君の事だけは、ちゃんと覚えてる。弱虫な僕の事を知ってしまった君の事、忘れるなんてありえないから。

 気づけば僕は街明かりの方を駆けていた。もちろん、あいつを追いかける為に。

 冷たい風が肌を掠めるけれど、心の中に生まれた温かい気持ちは冷めないままで。熱は一層増すばかりだった。それでも、こんなに走って追いかけて、どうするの? 何を言うの? そんな冷めた声が何処からか聞こえるような気がして、耳を塞ぐ変わりに目を瞑ると、曲がり角で人にぶつかってしまった。

「ご、めんなさ……って……え」

 もう十分前に足早と去って行ったはずであろう男が100m程も離れていない曲がり角に何故か立っていた。

「なん、で……」
「赤司君だったら絶対に追いかけてくるだろうなあって思ってたから」

 ムカつく程の笑顔でそう告げられたから、とりあえず蹴りをひとつ入れると、彼はみぞおちだったのかその場で倒れ込んだ。

「も、ちょ、手加減……、今の何で俺蹴られたの……」
「何で、って分からないのか?」

 周りには残業を終えた伯父さん達が行き交わしていて、ヘンなものを見るかのように僕達を見ていたり、何もなかったように過ぎ去って行ったりするけれど、僕は気にせず、倒れ込んだ降旗の目を見て訴えた。

「4年間、待ってた。お前の事、あの庭園でずっと……! 〝ヒマワリを見て俺の事を思い出して″なんて恥ずかしい事言っておきながら、お前はあれから一度も僕の所に来すらしなかった!! なのに、なのに、イキナリ4年経ってノコノコやってこられたって、分かる訳ないじゃないか! だって、君の名前すらあの時は知らなかったというのに!」

 いつの間にか降りだした雪が彼の肌を少しずつ濡らしていく。
 鼻の奥がツンとして痛いのはきっと寒さの所為。

「……俺は赤司君が赤司君だって分かったよ?」
「僕と君を一緒にしないでくれ。君みたいなモブ顔を4年前に少し見たちっちゃいモブの顔と重ねるという事の難しさをもっと知るべきだ」
「えーっと……、ごめん? 地味な顔で……。あと、……ありがとう」
「何が」
「俺の事想い出してくれて」
「……思い出したくなんてなかった!」
「意地っ張り、相変わらずだね」
「煩いっ! 黙れ!」

 彼は起き上がって僕の目を見て笑いかける。「はいはい」と諭すように優しい声を添えて。
 4年前、僕はコイツの顔を良く見る事さえ出来なかったけれど、この顔は覚えてる。全てを溶かしてしまうようなこの笑い顔。
 
「話せ。お前が何故ずっと会いに来なかったのか、そもそも何故お前は僕の事を昔知っていたのか。何故お母様の事まで知っていたのか……――、お前には聞きたい事がいっぱいあったから」
「確かに話さないといけないね、そろそろ。別に隠していた訳ではないけれど、赤司君は一つ忘れかけてるよ」
「は……?」
「僕は誠凛高校バスケットボールチームの降旗光樹。君は洛山高校のキャプテン赤司征十郎、でしょ?
つまり敵だ」
「そんなの忘れてなんか、ないけど……」
「少なくても、俺が君に決勝戦で勝つまでは俺は君と敵である事を望むよ。それに、僕は託されているからね」

「……君と、君のお母様との勝負を」

 何を考えているのか分からなかった彼の眼には、決意のような色が見えて、離さないように僕の目をしっかりと捉えていた。

「はっ……、どういう事だ?」
「それも僕が勝ってから教えるよ」
「ふざけるな! あれは、僕とお母様の……、そしてお母様は病気に負けた、だから僕は……」

 僕の勝ちで幕を下ろしたと思っていた、あの賭けは……。

「まだ続いてる、というか、続けているのは君でしょ?」
「は、何を言ってるんだ? 僕はとっくにお母様の負けを認めている」
「じゃあ、どうして君はずっと勝ち続けているの? どうして負けを恐れているの?」
「それは!……、それは……」

 確信をつくようなその言葉に僕は返す余地もなかった。
 別にお母様との勝負の事だけを考えて勝ち続けている訳ではない。けれど……、勝利を手にするたびに何処かお母様との勝負の事が僕の胸を閊えさせた。
 
「『私が負ける時はね、征十郎の大切なものを奪ってしまうから……、何でもしてあげるって言ったのにこんな風に終わったんじゃあの子が可哀想でしょう?』 ……彼女はそう言って俺に勝負を預けたんだ」

 あの人の言いそうな事だ。勝負事をしかけるのはいつだって自分の為ではなく相手の為で、結局勝ち負けもそれに左右される。
 勝負の行方を託したのがこんな凡人っていうのは笑えるけど、お母様が委ねた奴だ。責任持って僕が負けさせればいいだけの話だ。

「俺は平凡で金も無いから赤司君にしてあげられる事は少ないけれど、どうせ俺が勝つんだから、そこは大丈夫でしょ? もちろん、俺が勝ったら俺の言う事を何でも聞いてね?」
「……ハッ……、何を言っているんだか。全てに正しい僕は、お母様との勝負、いや君との勝負にも必ず勝ってみせるよ」
「ふふ、君ならそう言うと思っていた。じゃあ決勝戦楽しみにしてるから。あ、決勝戦の前に負けないでね?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿」

 長くて短い僕達の関係は、この数日間だけ敵同士になってしまうけれど、こうして会話をしていると、まるで古くからの友人のようで、胸をほっとさせた。そもそも昔ながらの友人なんて僕には居ないのだけれども。

 雪の降る外でこれ以上居ても風邪ひくと言って、僕と彼はその場を後にした。
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