身体にズシッと重みを感じた。
 ――――何これ……。もしかして金縛り? やばい、目開けなきゃどうしようもないのに、目開けたくない。臆病だとかそういう問題じゃなくて、金縛りって誰だって怖いだろ! どうしよう……、マジ誰か助けて。
――――ていうか、今何時だよっ!11時に寝たけど……、まだそこまで時間経ってないような気がする。金縛りって寝て時間が経ってない時にあるもんだっけ……?

「征との約束忘れちゃったの……? 光君……」
「あ」
 
 聞き覚えのあるその声に反射するように目を開けると、そこには赤司……、基い征君が居た。
 ねぇ、今日の朝といい今といい、何故彼は俺を起こす時決まってそういう体勢なの? あざとい越して際どいよそれ……。

「光君やっと目覚ましてくれた。征、10分くらい待ってみたけど光君いつになっても起きないから」
「ご、ごめんって……。泣かないで」
「許さないっ! 征との約束忘れてたんでしょ?忘れてたんでしょ?ねぇそうなんでしょ」
「決して忘れてたわけじゃ……ごめんなさい忘れてました」

 涙目で頬を膨らますとか……、やめてくれ赤司の顔で。いや、征も赤司なんだけどさ。何度も言うようだけどあざと過ぎて心臓に悪いんだよ。姿は16歳なのに……。

「とりあえず、この部屋は色々と危ないから、外、出よ。みんな起きちゃう」
「うー」

                     ☆

「征はねー怒ってるんだよ―?」

 暗くて不気味な廊下を二人並んで歩きながら、俺は征君に謝り続けた。征君は相変わらず、頬を膨らませて不満をぶつけてくる。

「だから、ごめんって言ってるじゃん……。忘れてた事は認めるし」
「人間誰だって忘れるもん、それはどうでもいいのー」
「じゃあ何に対して怒ってるのさ?」
「分かんないの? 光君さー、10分もあんな暗い部屋で光君が起きるのを待ってた征の気持ちを考えてみてよ」
「あー……えっと寂しかったの?」
「うん。人がいっぱい居るのに、一人ぼっちみたいで寂しかった」

 そういう風に言われると本当に申し訳なくなった。確かに、知らない人達が沢山寝ている所に、一人で来て、征君の目的だった俺は何も無かったかのように寝てたんだ。考えれば考える程、征君にどんな気持ちにさせていたのか気付いていく。

「……ごめん……気づかなくて。でも、叩き起こしてくれても構わなかったんだよ?」
「でも光君が疲れてるの分かってたから……。征、迷惑は掛けたくないもん」
「征君は……いいこだね」

 今日はほとんど身体を動かしてないから、ただの気疲れ何だけど、寝てる時の俺、そんなに疲れた顔してたのかな? 征君にまで気を使われるとは。

「いいこ? ね、征、いいこ?」
「うん、いいこいいこ。気を使ってくれてありがとね」
「へへっ……。しょうがないなー、許してあげるよ―」
「おっ」
「でも、征のやりたい事に付き合ってくれたらね―」
「条件付きかよっ」
「何? 文句あるの?」
「アリマセン」

 打算的で気を損ねられると面倒くさいとか黒子も言ってたな……。赤司が本気で怒った時は1週間くらい口聞いてくれなかったとか、聞かされたことがあった。何をそんな怒らせるような事をしたのかは分からないけど……。きっと相当な事をしでかしたんだな。

                    ☆

 征君に手を引かれるまま足を進めていたら、俺はいつの間にか数時間前まで使用していた体育館に着いていた。

「ね、ねぇ、征君。何で俺ここに居るの?」
「何言ってんの―。光君、征のやりたい事に付き合ってくれるって言ったじゃん」
「言ったけどさ! ていうか、何で当然のように体育館のカギ持ってるの?」
「部屋にあった!」

 デスヨネー。

「普通に考えて体育館を無断使用するのは良くないと思うんだなぁ……。既に電気点けちゃったけど、バレたら……」
「大丈夫だよー、だって征がやりたいって言ってるんだもん」
「……」

 自分がやりたいって言った事は全て通用するのか。そんな訳がないだ……いや、それが出来ちゃうのが赤司なんだよなぁ。

「征君は、体育館で何やりたいの? 一応、俺寝起きなの分かってる?」
「分かってるよ―。征ね、久しぶりにバスケしたいんだー!」
「え」

 今日昼までしてたじゃん。つい、出そうになったその言葉を飲み込んだ。
 
「何で不思議そうな顔してるの? 『征』はもう何年もバスケしてないよ」
「あ、そっか。そだ、ね」
「うん。でも、征は誰よりもバスケが大好きなんだ。バスケは、昨日言ってた征のお友達と仲良くなれたきっかけだったから!」
「へぇ、って事はその友達もバスケ好きだったんだ?」
「うん!大好きだったよー」

 俺とおしゃべりをしつつも、征君はテキパキと体育館の備品としておいてあったバスケットボールを出してきた。
 久しぶりに触るボールの感触に感動している様子で、征君はドリブルをついた。
 試合中の威圧感はないものの、上手いのは変わらない。少し違和感があるけど。

「征はね、小学校の頃からバスケしてたの。お父様は怪我しやすいスポーツなんてやめなさいって言われたけど、征はどうしてもバスケがしたかったんだー」
「へぇ、征君は何でバスケ始めたの?」

 征君が始めたきっかけは、赤司がバスケを始めたきっかけという事にもなる。始まりは想い出として残って無かったとしても、変えようがない事実になる。

「小学校3年生の時、旅行でアメリカに行ったの。そこでバスケの試合を見たんだけど、その時にかっこいいなぁって思って、征もやってみたくなったんだ」
「そっかぁー……。案外普通な動機だね?」
「えー、そんな意外?」
「うん」

 そういえば、アメリカのプロの試合ってめっちゃ高いんじゃなかったっけ? 最後席でも5万とか……、そういえば赤司は金持ち……だったか。

「って、征君、どうかした?」

 征君はボールを手に握って、浮かない顔をしていた。
もしかして、俺、気に触るような事言ったかな……。謝らなきゃ。

「あの、ごめ――「光君」
「……ん?」
「征は光君が思っているより普通の子だよ。スポーツだって周りの子と大して変わらないような動機で好きになるし、自分の意思が通らないと拗ねるし、怒られたらへこむし、友達いっぱい出来たらいいな、なんて普通の願望抱くし、毎日笑顔で過ごせたら幸せだなぁって思うよ。それに……」

 ダンッ ドリブルをついて、征君は綺麗なフォームでジャンプシュートをした。その姿は今日見た試合での赤司と同じフォームだった。
空気を切り裂くように弧を描いたボールは、当たり前のようにリングを潜ると思っていた。でも、俺が思ってた当然を崩すかのように、そのボールはリングに弾かれた。

「征だって、シュート外す事もあるよ」

 俺は彼に対してどんな幻想を抱いてたんだろう。
 赤司も征君も結局は同じ根から生まれた、色違いの花に過ぎない。
 昨日、海で見た赤司は、光の届かない深海のような目をしていた。威圧感どころか、生気すら感じないその目を、俺は拒絶してしまったんだ。
 どう見ても大丈夫じゃない人に『大丈夫?』なんて聞く事は、傷ついた心に薬を塗って麻痺させるようなものだ。だから、せめての事、あの時優しく抱きしめてあげる事が出来たら……。
心が覗けないなら、心を預けてもらえるように努めればいい。どうして、そんな事も気づかなかったんだ?

「……光君、何で泣いてるの? 何処か痛い?」
「えっ……」

 頬に手を当てると、いつの間にか生温かい水が伝っていたのが分かった。
 俺、いつの間に泣いてたんだろう。征君を慰めるつもりだったのに、俺が泣いてどうするんだ。本当……、格好悪い。

「ごめんね、征君。何でもないから」
「光君は何でも無いのに泣く人じゃないよ。だって光君は征と違って強い子だもん」
「強い子……?」
「うん。だから、強い子な光君には、征がおまじないを唱えてあげる」
「おまじない?」
「うん、だからちょっと待ってて」

 征君は音がするほど大きく息を吸った。

「痛いの痛いの飛んで行けーっ!」

 体育館いっぱいに征君の声が反響する。必至で叫んだ征君を見て、俺はただ目をパチクリする事しか出来なかった。

「えーっと……」
「へへっ、光君、涙引っ込んでる! 征のおまじない効いたかな―」
「そうだね……。ありがとう、征君、元気出た……かも」
「どういたしまして! 実はこのおまじないは征が作ったんじゃないんだよ。前ねー、征がバスケしてた時にドジってこけちゃったの。その時にテツ君が教えてくれたんだよ。元気が戻ってくるおまじない!」

征君は多分幼稚園や保育園に預けられたりしていないから、テツ君とやらに教えてもらったおまじないは、テツ君オリジナルのものだとずっと思っていたのかな……。

――って、あれ……。

「ね、ねぇ、さっき征君、テツ君って……」

 ――いや、まさか。そんな訳がない。

「ああ、そういえば言ってなかったねー。征の友達の名前だよー」

「黒子テツヤって言うんだ」
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